kekeの考えること

こういうことを考えてる人もいるんだなぁ

ロボットと妄想。

ロボットやAIが、人間の仕事を奪う、というお話、よく聞きます。

 

僕が携わる仕事なんぞはあっという間に奪われてしまうでしょうから、早いところ、管理部門のはじっこに潜り込んでおかないと、場合によって職を失うことになりかねません。

 

まぁ、管理部門と言えど、AIなどで代替可能な業務はあるでしょうから、どこにいても、一定以上の立場でないと、結果は変わらないかもしれません。

 

 

いわゆるシンギュラリティ後の社会がどういうものか、と想像すると、確かに人間は仕事を奪われるのかもしれませんが、それを前向きな意味で受け取りたい、という願望が僕にはあります。

 

 

仕事を奪われた人間は、言葉を変えれば、労働からの解放される、とも言えるわけです。

 

僕としては、ロボットに仕事を奪われて、生活ができなくなる人が増える、というのではなく、各家庭にロボットが普及し、それらロボットが、家族のために労働し、生活費を稼ぐ、という景色を想像したいところです。これはまさに、人間が労働から開放され、次の段階へとステップアップした、と言えるのかもしれません。

 

つまり、ここでいうロボットは、ある業務や作業に特化したモデルではなく、安易な想像ではありますが、人型で、どのような仕事や作業にも一定の適性を示すモデルです。

 

 

この想像の問題点は、各家庭にいるロボットは、無償でやってくるわけではないだろう、ということです。特に黎明期は、1台(1人?)あたりの価格は高価で、庶民には手が届かないものでしょうからね。

 

その後、価格が落ち着いてきたとしても、少なくとも今の自動車くらいの価格はしそうですし、作りにより金額はピンキリなのかもしれません。

 

「高額報酬の仕事に対応モデル」や「最低限の生活費はカバーできるモデル」、「ガテン系の仕事対応モデル」や「事務全般モデル」など、バージョンもたくさんありそうですね。

 

つまり、どのモデルを買うか、あるいは買えるかにより、収入が決まってくる、ということになり、もしかしたら、格差がより格差を生む、という、いま既にある問題がブーストされているかもしれません。

 

また、この世界線、各家庭にロボットがやってくる世界の場合、それらロボットの就職活動が必要になります。仕事付きで売っているわけではないでしょうから、優秀な機能を持つロボットであっても、働き口がなければ、お金を生み出せない。

 

ハイスペックになると、就職活動を自分でやっちゃうモデルなんかも、出てくるんでしょうかねぇ。

 

 

ロボットが働き、所属する家族を養うスタイルが確立されると、すべての人が購入できるよう、ロボットを買うための助成制度が拡充されるのですかね。例えば人が成人すると、ロボットを買って収入を得るのが当たり前の生活設計ななったとして、やはり若いうちは貯蓄が少なかったりもするでしょうから、ロボットを買うにはまとまったお金が必要になるので、自治体や銀行などが、そのお金を融資する、という形ですね。当然、返済はそのロボット自身の稼ぎからされます。

 

ロボットが自分で返済するのだから、そこまで難しくはなさそうにも聞こえますが、ロボットの耐用年数とか、古いバージョンでどこまで働けるのか、など、問題はありますね。特にバージョンなどは、現代のスマホやパソコンを見てもわかる通り、数年で古びた「昔の最先端」になってしまいます。

 

何百万、いやもしかしたら数千万などの金額で購入したロボットが、耐用年数10年とかだと、稼ぎが全部返済でなくなっちゃいます。こまめにバージョンアップなどのメンテナンスを行うことで、いつまでも使えるのならよいのですが。

 

となると、サブスクというか、ロボットをリース、というのが普及しますかね。これなら、何十年も前の、メーカーも既にサポートしていないような古びたロボットが、火花を散らしながら街をうろつくこともないかもしれません。

 

 

そんなわけで、今回は僕の脳内の、ロボットやAIが人の仕事を奪った景色について書きました。この変化はおそらく、全ての人に影響が出る変化でしょうから、好き嫌いで判断できるものではない気がします。

 

まぁ、総て性善説的な妄想なんですけどもね。

人の生き方もちゃんと確立させないとなりません。