先日、父の命日でした。
次が、えーと、二十三回忌だったかな。
時が経つのは早いものです。
思い出すことも、だいぶ少なくなりました。
もちろん、記憶から親父が消えたわけでもないですが、ふとした時に思い出す、ということはかなり減りました。
今は実家住まいではないので、仏壇に手を合わせるということもなく、思い出す、という行為が唯一の供養というか、偲ぶ儀式になっていますので、思い出すことが減ると、それだけ偲ぶ機会がなくなっていることになります。
親父は、子ども達に対して、何かを言う人ではありませんでした。
最期の時も、特に言葉を残すことなく逝きました。
なので、思い出したとしても、やはり記憶の中の親父は、僕に対して何かを言うわけではありません。
もしかしたら、何か言いたいことがあるのかも知れませんが、僕に、それを汲み取る力がないのかも知れません。
僕はふがいない生き方をしておりますので、それについても言いたいことはあるかもしれないし、そんな人生の中での選択についても、もしかしたら、あぶなっかしくて見ていられないのかもしれません。
血のつながりとか、そういうことを排除して考えて、僕はだいぶ親父とは違います。
おそらく、主義・思想から違い、例えば何かの才能があったとしても、それをどこに費やすとか、どれだけ鍛えて伸ばすとか、そういう部分の考え方から違うんだと思います。
親父という存在が、自分を自分たらしめているのであり、例えば親父が僕と同じように怠惰な人間であったとしたら、おそらく僕自身、どこまで怠惰になっていたかわかりません。親父という存在、いや、親父の息子、という自分の魂の住所が、自分をこの程度に留めているんだろうな、と思います。
そういう意味で、親父は、親としての責務は果たしているとも考えられます。常に子どもにとって、指標であったり、目標であったり、反面教師であったりすることで、子どもは自発的に何かを感じ、体得し、成長するのでしょう。それは、何も生きているうちじゃないと出来ないわけではない、ということですね。
とはいえ。
少しは親父に顔向けできるような自分に、いい加減、ならないといけませんな。
稼ぎだの職業だの、は、今からでは如何ともしがたい面がありますが、せめて、子孫として幸せに生きていますよ、と、声を挙げられるような生活、人生にしたいものです。