今は、こうしてインターネットというものが広く浸透し、多くの人が「発信」をできる社会になりました。
私自身も、伝えるべきことなどはないにせよ、どうでもいいこと、愚痴や文句をこうして日々、書き連ねているわけですが。
悩みなどは人に相談したり、聞いてもらったりすることで、その負荷が軽減する、という話を聞きますが、それは「こういう場」でもあり得るんだなぁ、と思います。
まぁ、皆が「誰かの悩み相談」を求めてオンライン上にいるわけではないので、場所を選ぶ必要はあるのかもしれません。
ただ、反応を求めずに書き連ねる、という意味では、ただ自分のうちに秘めている気にはならないぶん、なんかこう「話した」という気持ちにはなりやすいような気がします。
私自身、けして心が強い方ではないので、本来はそういう「負荷の逃し場所」が必要だとは感じているわけですが、そこには「責任感」とか「強くなければいけない」とか「自分が誰かを支える側」という、思い込みや、性格からくる思考が邪魔をし、身近であればあるほど、相談などにはためらいを覚えます。
これ以上は心理学とか、そういう世界の話だろうと思うので、掘り下げはしませんけども、そういう人にとって「ちょうどいい場所」であるような気もします。
こうしてブログにどうでもいいことを書き連ね、時には幾日もネクラな愚痴が続いても、そのことへの批判はなく、自分は「外に向けて発信した」という自己満足があるというシステム。
まぁ、これがどこかのサイト掲示板なんかだったりすると、ちょっと趣旨が違うので、場合によっては批判されるかもしれないですが、こうして自分が言いたいことを言う場を自分で作れば、用がない人や目的がある人は見ないですし、あとは自分が見られているかどうか、さえ気にしなければ、発信した気になれるという。
この、はてなさんのような所を利用すれば、お金も知識もいらないですからね。ウェブサイトを作る、という意気込みは必要ない。
インターネットというのは、普及を始めた当時はあまりピンときていませんでしたが、それを活用するサービスというのが、すごいなぁ、と思っています。まだまだ進化していますしね。
私は、心理学的な方面では、例えば病気として診断されているわけではないし、とりあえずのルーティン的な生活はできているので深刻ではないのかもしれませんが、心の在り方のひとつの手段として、こういうインターネットやブログというのは有用だと思います。
ま。
インターネット時代だからこそ、傷つけられる心が増えた、というのもまた真実なんでしょうけどね。