kekeの考えること

こういうことを考えてる人もいるんだなぁ

素質。

昔の、君主専制政治の場合、君主の素質により、国が富みもすれば痩せもする。平和にもなれば波乱に巻き込まれもする。代が替われば衰退したり飛躍したり、というのは歴史でよく聞く。

 

そういう事例は、日本に限らず世界中で見ることが出来るのだと思うのだが、いずれにせよ、今の時代に、専制政治ではなくとも、やはり時のリーダーというのは素質を求められるのは変わらないらしい。

 

民主主義の国であっても、国民が政治を託す、という意味では、リーダーの「出来」というのは国を左右しかねないのだろう。

 

 

さて。

 

そんな、リーダーの素質というやつだが、まぁ、私にはわからない。リーダー論とか帝王学とか君主論みたいなものは、読んだこともない。

 

とはいえ、政治的な主張については語らないが、今の日本を見ていると、リーダーの素質、というものを感じざるを得ない。

 

 

ここ1〜2年で、与党の不祥事が吹き出すように報道されている。

 

これはやはり、素質の違い、というのがあるのではないのだろうか。

 

 

もちろん、政策への賛否があるからこそ、追い落としのための謀略とか、そういう側面もあるのだろうけれど、ただ、それも踏まえてのリーダーなんだろうな、と思わざるを得ない。

 

細やかな目配りとか、そういうのも大切だろうし、場合によっては、こういう場では書けないようなことも、あるのかもしれない。

 

動かさせない、とか、懐柔とか、時にはねじ伏せる、というようなことも必要なんだろう。

 

 

いずれにせよ、以前の長期政権で全くなかったとは言わないものの、不祥事の質や内容が、変わったし、増えたように思う。

 

より低俗で、より小物で、支持者であっても中々かばえない程の、詳しく報道を見るまでもないようなネタが増えた。

 

これは、それっぽく言えば統制を取り切れていないのだろうと思うし、アンチが動く隙があるのだろう。

 

 

リーダーとしてのやり方もあるのだろうが、存在感そのものから、違う、ということではないだろうか。

 

 

そう考えると、ウクライナの大統領は、やはり傑物なのだと思う。

 

芸人、俳優出身で、大統領役を演じたら本当に大統領になった人。ただ、戦争前は政策も二転三転、みたいな話があったように聞く。つまり、戦争前はそこまで評判の良いリーダーという風には聞こえてこない。

 

 

並のリーダーであれば、ここまで支持は続かなかったかもしれない。

 

世界のこれだけの支持を取り付け、数日の命と思われた国を一年近く保ち、それでいてまだ士気は落ちていない。

 

この現象を引き起こしただけで奇蹟のようだし、それを実現したのは、どういう心情のどういう人であれ、あの大統領だからこそだろう。

 

 

まぁ、強いてあの大統領に不安を感じるのであれば、戦時にこそ輝くリーダーなのかもしれない、ということ。戦争前はさほど活躍が伝えられる人ではなかったと記憶しているし、もしかしたら、平和な時代では輝かないタイプかもしれない。

 

どちらに失礼かはわからないが、私の好きな歴史で例えると、前漢の祖、劉邦がそれに近いのかもしれない。

 

 

ただ、彼自身、この情勢の中で一枚もニ枚も皮が剥けただろうから、もしかしたら、戦後は素晴らしい政治をするかもしれない。

 

その答えを知るためにも、早く戦争が終結することを、今は願うしかない。