kekeの考えること

こういうことを考えてる人もいるんだなぁ

足踏みミシン。

母方の祖母宅に、足踏みミシンがあるらしい。

 

言われてみれば、祖母宅には謎の機械が、布をかけられて部屋の隅に置いてあった気がする。それが何なのかは全然知らなかった。

 

私もリアルには知らないので説明するのもおこがましいが、動力が人力のミシンである。
ペダルを踏む力を回転力に変え、それを針の「縫う」動作に変換する。

なので、現在の電動ミシンのように、卓上にホイッと置いて使い、ちょっとした収納スペースにしまう、ということは出来ず、ミシンそのものが、ひとつの勉強机のようないで立ちである。

 


祖母が所有しているミシンについて、詳細は全くわからないのだが、母の幼少の記憶にも出てくるのだから、5~60年は前のものではないか、とのこと。

こういう、アンティーク家具になるのかな、とりあえず足踏みミシンを軽く調べてみた限りでは、もとが良い品物になると、中古でも数十万円単位での取引がされているようだ。当時のミシンというものの相場がわからないので、この数十万という金額がどういう意味を持つ金額なのか、いまいちわからないが。


お金という、煩悩にまみれた話から入ったのには理由がある。

祖母は現在入院中で、年齢からしても、再び自宅に元気に戻ることがあるかというと、かなりその確率は低い。残念ながら、ほぼ無いと言ってよい。


だからといって、祖母のものを勝手に私物化するわけではないが、祖母宅が、もともと低品質、いわゆる手抜き工事による建築だったことと、しばらく誰も住まずに無人であったことで、家屋がかなり傷んでしまっており、もはや、居住に耐えうる状態ではなさそうだ、とのことだった。

 

先のことを考えると、勝手に処分は出来ないが、せめて宅内にある物を確認、整理しておきたい、というのが正直なところ。もともと、祖母の面会や医療費の支払いついでに、建屋が崩壊していないか、たまのチェックはしていたが、母が本腰を入れて中を確認することになったのだ。

 


ミシンの話に戻る。

 

祖母は、別段そのミシンに愛着があるとか、裁縫が大好きだとか、そういうわけではないらしい。たまに使っていたのかどうかもわからないが、置かれている状態からは、頻繁に使用されていたとは思えない。また、このぐらいの時代物となると、可動部に油をさすなどメンテナンスも必要であろうが、それも出来てはいないだろう。

 

なので、この足踏みミシンは、祖母が他界することになれば、処分、という結論になったが、母の言う処分は、いわゆる「捨てる」ということであったため、私が売却を提案をしてみた次第である。


ミシンなどに、そのようなアンティークを貴ぶ文化があるのかは全然わからなかったが、「古いものはガラクタ」という判断は、現代の生き方ではない。

 

どのような分野のどのような物においても、今の便利で快適な「現役」が、便利のかわりに再現できなくなった「古き良き何か」を有しているのがアンティークで、それをこそ愛する人がいる。

 

さらに驚くべきは、その「古き良き何か」をリアルに知らない、その「物自体」よりもはるかに若い年齢の人たちでさえ、その存在を知れば追い求めたりするのだ。

 

「あのころはよかったなぁ」という懐古的情緒ではなく、そのデザイン性も含め、ひいき目なしにその物の良さを堪能できる程の年齢差ともいえる。それらの人が追い求めるのであれば、古い物、昔の物も、まだまだ現役に負けない何かを持っていると言える。

 


さて、そんなわけで、とりあえず売るとなると、どう売るのか、などを調べるため、今後もネットで検索をしていこうと思っている。

私自身はほぼお世話になってはいないミシンだが、せっかくここまで頑張ったのだ。
ちゃんと好んで使ってくれる人のところに行ってほしい、と、私も思う。

 

 

とりあえず、家ごと取り壊される、ということにならずには済みそうなので、一安心である。

f:id:KE-KE:20211120191131j:plain

ちょっと現物撮影できませんでしたので、違うアンティークをお楽しみください