趣味の音楽の話ですけども。
最近、歌詞を描け、と言われます。
若い頃は描いておりましたけども、この歳になると、もうなんつうか、声を大にして言いたいことなんてなくなりますね。
加えて、今の世は価値観が随分と変わったように思いますので、オジサンが若者ぶって社会批判なんかをしても、どこかずれているというか、イタイだけで遠巻きにされてしまいそうな、そんな感じです。
例に出しては誠に失礼極まりないのですが、例えば尾崎豊のメッセージは、今の世の若者にも通用するのでしょうか。
そんなことを考えていると、言いたいことが世の中からずれてしまっているのに、さらにオジサンが若ぶって歌っているので、イタイどころか、見ていられないというか、そんな恐怖があります。
さて。
それでも、絞り出さないとならないわけで、テーマ取りから悩みます。
こんな時、ブログであれば歴史に逃げます。
歴史に詳しいわけじゃないですが、思いを馳せるには丁度よく、今の時代に沿って物事を考える必要もなく、あぁ、こうだったんだろうなぁ、という、私の中の美学だけで言葉を紡ぐことが出来ます。
そんなことをぼやいていたら、いわゆる配偶者に出されたテーマが、諸葛孔明。
いやぁ、ちょっと、無理でしょうよ。
充分に掘り下げられ、考察され、分析された、歴史上の大物じゃないですか。
自分が孔明になりきって言葉を連ねても、場末の居酒屋でクダ巻いているオッサンにしかなりませんよ。
それに、孔明は既に、世にある楽曲でテーマにされているはずで、そこにいくら土俵が違うとは言え、割り込むことは出来ないなぁ。
孔明。
五丈原の戦い。
蜀魏対戦。
いやぁ、赤壁こそ、映画にすらなっているし、戦い自体も随分と掘り下げられていて、音楽も歴史も素人の私では踏み込めまい。
火計。
あぁ、蜀魏ではないが、蜀呉で夷陵の戦いがあったなぁ。劉備が逆上して攻め込んだやつ。陸遜に火計でやり返されたってやつ。
でも、劉備の気持ちは、私にはわからない。義兄弟またはそれに準ずるほどの仲であった関羽、張飛を殺されて、その仇討ちのごとく、国を傾けてまで挑んだ戦。
私なんぞ普通の友達すらまともにいないので、義兄弟を思う気持ちは、私には到底、思い及ばない。
火計。
既に中国ではないが、本能寺の変も、火だ。
とはいえ、信長はしゃぶり尽くされた存在だし、せめてテーマにするなら明智光秀の方が、まだ人物的に私に近いのではないだろうか。
それに、光秀の謀反は、諸説あり、これ、というのがないと聞くから、どのようにでも描けるのでは。
そんな感じで、明智光秀「になった気分」で、歌詞を描いてみてます。
彼が謀反した理由は、信長からの仕打ちを根に持ったとか、将軍家だか天皇家などからの密命があったとか、まぁ確かに諸説あります。
私流の光秀は、将軍家だか天皇家からの密命、というパターンですが、内容としては、好きでたまらないし、尊敬してやまないし、怖くてたまらない主君を、不文律に抗えず、討つ、というもの。もしかしたら、密命自体はずいぶんと前からあったのかも知れない。
敵は本能寺にあり、と言った時の彼は、手は汗でびしょびしょ、お腹は胃痛で目の下はクマ。
本音としては「おいおい、なんでそんなところで寝泊まりしてるんだよ。やらなきゃならんじゃないか」という思いがある。
先進的な信長のもとで大活躍をしたけれど、もともとは保守的な人。先進的な思想に、保守的な古き良き忠誠心で仕えたがために、変わりゆく時代の狭間に落ちてしまった人。
信長を討った後のことなど、何も考えていなかったのではないか。
そんな「僕的光秀」です。