エアコンが、設定温度を変える度、いちいち風が止まる。
帰宅直後で涼みたいのに、温度を下げると止まる。
直風を浴びたいのに、風の向きを変えると止まる。
ビュービュー風を浴びたいのに、風の強さを変えると止まる。
体感としては、秒どころか、分単位で止まる。
いちいち人感センサーみたいのがくるーって回って一度収納されて、送風口がピチッと閉じられる。
いったん、お店閉じてやりなおしまーす、みたいな感じだ。
このエアコンは、いわゆる配偶者がどうしてもこれ、と言うことで、分不相応なでかい多機能なやつである。ここに越してきた時に買った。
多機能な電化製品は、けして悪くはないのだが、なんというか、直感的に操作できないというか、人の機微に触れていないというか。
私のような昭和に生産された人間は、真夏ともなると、学校から帰ってきたらランドセルを放りだして扇風機の前に行き、首振りオフ&風力最大だったものです。機構も複雑ではない扇風機は、大げさにガチャガチャと音がするスイッチで、反応は早い。即座に暴風を私に浴びせてくれたものだ。
夏の風物詩のようなもので、汗に濡れた肌に強風を当てながら、扇風機に向かって「あ〜〜〜」って言うか、隙間から指を入れて、羽に触って「べべベベベべべべ」とかやるまでがひとつの作業だった。
エアコンは、ただの風じゃなく、冷風が出る。扇風機にはない、画期的な能力だ。だからこそ、残念である。
おそらく、無駄な機能を搭載していない、シンプルなエアコンであれば、我が家のエアコンほど空気を読まない動作はしないだろう。
ぜひ、温度を下げたり風量を強くしたり、という一連の動作、いや操作から、人が今、何を求めているかを読んでほしい。
AI搭載とか、人感センサーで部屋を監視とか、多機能なのはよいが、汗びっしょりの人間がとにかく涼みたくて眼の前に来たのに、風を止めるとは何事か。エアコンなのだから、それは自身の存在を否定することになる。
読めないのなら、常に全力であれ。
風は出し続けろ、そして考えろ。
この季節、君には最も過酷な季節だ。昼夜を問わず、常に動きっぱなしだ。
突っ走れ。
この夏を、走り抜けろ。