今、沈香を焚いています。
私はいつからか、この匂いが大好きです。
でも、大好きになった理由を探すと、おそらくこれはうちの菩提寺が焚いているお香なんですよね。
馴染みがあるから好き、ということになります。
子どもの頃は嫌いでした。
沈香が嫌いなのではなく、いわゆるお線香が嫌いでした。
お線香の香り、というのは、もちろん先祖や仏様へお届けする香でもあるわけですけども、やはりその多くは「今を生きている人」のためであるのではないか、と考えると、沈香というのは、人の心を落ち着ける作用があるのかも知れません。
配偶者は白檀が好きで、配偶者の場合はお線香メーカーにもこだわりがあって、それを置いているお店へわざわざ行きます。ブレンドというか、配合割合とかあるんでしょうね。同じ白檀でも、その、いつものお店で買う白檀以外では、手放しで褒めることをしません。
他にも、アロマオイルなんかで匂いを部屋に充満させることがあります。
匂いが人にもたらす作用というのは、思いのほか、大きいのだなぁ、と、最近はよく思います。
なお匂いというのは、スピリチュアルというか、オカルト的にも大きな要素を占めます。
悪い何かがとどまる場所は、不快な匂いがするのだそうです。
匂いがあるからそういう存在がとどまるのか、そういう存在がいるからそういう匂いになるのかはわかりませんけども。
とにかく、不快な匂いは良くない存在と結びつくのであれば、そのような匂いが発しない環境にすれば、そのような存在も居つかない、ということになります。
つまり、身の回りを清潔にし、異臭を発生させないことは、除霊でもあり、結界でもあり、供養でもあるわけで。
そう考えると、日常の中でお線香を焚いて、我々が心穏やかになる、ということは、至極当然のことのように思えてくるんですね。
また、そのような効果を踏まえ、昔からの教えで、お仏壇でご供養のためにお線香を焚き、お墓でお線香を焚くのではないか、と。
ご供養のため、ということにしておいて、実は、今を生きる人たちの「防御」でもある、と。
そんなことを考えながらブログを書き、そろそろお線香が燃え尽きそうなので、もう1本、沈香を焚こうか、次は白檀にしようか、もうおしまいにして寝ようか、と悩んでいます。
