例えば、一人暮らしをしていて引っ越しをする際、自分で持って歩ける程度の荷物の移動で済む人はそんなに多くないですよね。
家電はかさばりますし、服だって何着もあれば持ち歩きづらい荷物になります。
なので、なかなかに追求したミニマリストでない限り、着の身着のまま、に近い引っ越しは難しいんじゃないかと。
話を変えます。
生活のなかには大小様々な「契約」「届出」があります。間違っていると、場合によっては他人に迷惑がかかることだってありかねない。
公的なことで言えば、住民票とか、各種届出。行政サービスを適切に受けるためには、やらなければならないことですよね。
他には、電気、ガス、水道、電話といったインフラ、銀行やクレジットといった金融、病院、美容院、お店。
私のような不精者ですら、両手じゃ全然足りないほどの、何かしらの「契約」「届出」があります。
この、大小様々な契約、届出を、人はどうやって管理しているのでしょう。すべてを記憶だけでこなしている人は、そう多くないと思うんですよね。
記憶でできている人というのは、記憶力が抜きん出て良い人か、記憶できる範囲に件数を抑えているか、ではないかと。
結局、これらの「物や事」は、管理しきれず放置すると、大抵問題になり、場合によっては犯罪になってしまったり、民事で訴えられたり、ということにもなるわけで。自分でしっかり管理しなきゃいけないことなんですよね。
自分基準で考えるなら、ですが。
そのような、一人の人間に関わる「物」や「事」は、もはや一人で管理しきれるものではないんじゃないかと。
それは、物質社会の弊害とも言えるかもしれませんし、豊かになった代償かもしれません。
諺だか故事成語だかで、至る所に青山あり、なんて言いますが、もちろん比喩としてはよいですが、その言葉が生まれた時代に出来たその終わりの迎え方は、現代の日本ではよほど難しいことでもあるんじゃないでしょうか。
たからこそ、それに憧れる、という人もいるのかもしれませんけども。
いえね。
ある所から会報の手紙が来ているんですが、登録が前の住所のままらしいことに気付いたのですが。
いやぁ、ログインパスワードが全く思い出せないんですよねぇ。
