先週前半に、念、という概念(?)をベースにブログを書きましたが。
ちゃんとした「念」の話は、プロに聞いてください。私のは「にわかオカルトファン」程度の、誰でも辿り着ける真偽不明の情報で構成されています。
ただ、非科学的であったとしても、その中で辻褄があったり、私なりに得心がいったりするので、そのような考え方を自分はしている、ということです。
さて。
私の聞いた限りでは、念、というのは、喜怒哀楽、様々な感情で発すると聞いています。
そして、一度発せられると、後は自律型ロボットのように、一人で勝手に活動するとのことです。
ただ、人間ではないので、余計な感情や意識はないようで、発する原因となった感情のみに動かされる存在になると聞いています。
さらには、一人で勝手にやっていますので、本体(?)にそのような感情がなくなったり、お亡くなりになったとしても、変わらず活動をしているんだとか。
それらの「念」は、本体(?)にとって何か影響があるのかどうかは知りません。
もしかして、人に付きまとっているような念だと、いわゆる呪い返しみたいなことをされるとか、あるんでしょうかね。本人は自覚していなくても。
やっかいだなぁ、と思うのは、怒りや恨みといった、負の感情たけじゃない、というところですね。
お孫さんの誕生が嬉しくて仕方ない祖父母の念が赤ん坊につきまとう、ということも、聞いている話からは想定できます。
それでいて、本人が亡くなっても念は消えない、となったら、世の中、念だらけですね。
そんな聞きかじり知識があるもので、あまり感情的にならないように気をつけたい、と思っています。
まぁ、あまり感情的にはならないタイプだとは思っていますが。
意図的に念を発している人は多くはないんだと思いますが、やはり自分の念が勝手に一人歩きしているのって、想像したくないですね。
まして、自分が死んだ後にも念だけ残ってウロウロしているわけでしょう。
願って発生させるものではないにせよ、発生させたくはないなぁ、と思い、感情には気をつけながら生きております。
