kekeの考えること

こういうことを考えてる人もいるんだなぁ

腰。

腰をやっちまったみたいです。

 

ぎっくり腰か、と言えば、何とも言えない。

 

というか、ぎっくり腰だと動けなくなる、と聞いているので、違うのかもしれない。

 

動けなくなる、の定義がわかりません。力が入らないのか、激痛なのか。

 

腰に激痛、というのは過去にも何度か経験があるのですが、脂汗ダラダラになりながらも動けていたので、あれはぎっくり腰ではない、というのが自分の意見で、だから今回も、ぎっくり腰ではない、と考えています。

 

ただ、私は痛みに鈍い部分があり、たまに呆れられることがあるので、ぎっくり腰は激痛に耐えれば動くことが出来るものなのであれば、もしかしたらそうだったのかもしれない。

 

でも、痛みの度合いって、主観でしかないですもんね。すごく痛い、と言っても、他者にとっては大した痛みじゃない可能性はあるわけで。

 

以前、腰のことではないですが、よっぽど痛かったはずだよ、と、お医者さんに言われたことがあるので、そういったケースは科学的見地から、激痛、と言えるのかもしれません。

 

 

しかし、痛みを我慢してしまう人は、いざ、という時に手遅れである場合が発生しますよね。身体からの訴えを無視するわけですから。

 

そう考えると、私の今回の腰の痛みも、ただ我慢するんじゃなくて、何かアクションを起こした方が良いのかな、とも思いますが。

 

夜は湿布。

 

日中(外出中)は鎮痛剤。

 

私は鎮痛剤にアレルギーがあるらしいので(診断されたわけじゃない)、ロキソニンは飲めないし、貼れないんですよ。

 

なので、湿布を貼るなら昔ながらの匂いが強いやつしかダメなのですが、あれを貼って満員電車は、ちょっとしたテロなのではないかと。

 

ただ、過去の経験上、しばらく我慢していれば治るので、つい病院に行くのはサボってしまいますし、だから市販のものでなんとかしよう、となるわけですけども。

 

 

ただ、加齢とともに「力が入らない」という感覚もわかってきた気がします。

 

痛いから動けないんじゃなく、痛む=無理をする、という方程式に則って、これ以上痛みを我慢して動かすと致命的になるのでは、という、予防的な生理現象が働くような、そんな感じですかね。

 

車やバイクに、速度のリミッターがあるようなもので。それ以上は危険!と。

 

問題は、そのリミッターが年々、手前に来ていることですね。ほんと、無理ができない体になりつつあります。