そんなわけで。
このところ、私のブログに掲載している画像は、ほぼAIによる生成、または加工した画像です。
ただ、完全に1からAIが考えて創造・生成した画像の場合は、学習した情報内に著作権がかかわる画像などがあるかも知れず、そのため取り扱いには注意してください、ということを、やはりAIにそこらへんを尋ねた際に返答されました。
まぁ、私のブログほどの極小規模であれば見つけてもらえることすらないでしょう。万が一見つかっても、個人の範囲で楽しんでいる、で、納得してもらえてしまうんじゃないか、というぐらい小さいですからね。
なので、大半は元画像があり、それを加工してもらっているのですが、中々、いい感じに仕上げてくれるのでうれしい限りです。
ただ、気合を入れて「こんな画像にして」と注文をたくさんつけると、その通りにいかないんですよね。期待するものが大きく、詳細だからですかね。
また、不思議なのが、AIは命令文の活字をどのように受け止めているのかがわかりません。
画像内に「〇〇〇」と文字を書いて、と命令しても、〇〇〇と書けないことがあるんですよね。命令文としての文字は活字ですから「見ている」わけではないでしょうに、なぜ誤字が出るのか、さらに言うと、正確には誤字でないことも多く、その場合は「創造された日本の文字っぽい何か」であり、こういった反応は興味深いところです。もちろん、専門家にはその理由などはわかるのかもしれませんけどね。
AI自身に「なぜなのか」と聞いても、理屈っぽく理由は述べてくれますが、あまりピンとくるものではありません。
それでも、AIがすごいなぁ、と感じるのは、たまに自分の想像を超えたよいものを生成するからです。
漠然とした命令に対し、AIなりにどう解釈して対応するか、というのは、選択肢が多い分、意外なチョイスをされると唸らされてしまいます。
今のところは、それ自体が楽しくて、無駄に絵を描いてもらったり、文章を書いてもらったりしています。
これだけで、十分、私の相手をする、という「役割」をこなしています。
多分、もうしばらくしたら、老後には欠かせないツールになりますね。AI。
特に、独居老人の話し相手という重要な立場もありますが、そういった、AIと老人の頻繁な接触により、見守り、ということもできそうです。
カメラと連動できるようになれば、ある日老人が倒れたらAIが直ちに119番するような日が、来るのかもしれません。
いや、老人に限らず、孤独死、という現象を劇的に減らす、画期的なものになるかもしれませんね。
