手を尽くしてダメなら仕方ないと思います。
手を尽くさずにただ困るだけなのは、ちょっと違います。まわりからの理解も得にくい。
みんながあなたを見ているのは、何も、電車を降りろ、と言っているわけじゃぁないんです。
なんで解決しないのかが、不思議なんですよ。
あなたのお子さんがギャン泣きしていて、おそらく、まわりの人みんな、お子さんが何を求めてギャン泣きしているのか、なんとなくわかっているんですよ。もしくは、とりあえずこうしたらよいのに、と、思うところがあるんですよ。
なのに、一向に何もせず、解決しないから、不思議なんですよ。
主義があるのかもしれませんね。どういった要求であれ、子どものそれは「甘え」「ワガママ」で、そこをシビアに教育をしているのかもしれません。
それはそれでよいですが、公共の場で主義を貫くことは、あなたのワガママを世間に押し付けている、ということでもあるんですよね。
自分はこういう主義だから、まわりが我慢してください、と言っているのと同じです。それが、どれだけ崇高な主義、理念だったとしても、子どものギャン泣きと同じになってしまうんですよね。
子育てというのは大変ですから、まわりがわきまえないといけない。尊重しないといけない。
だからみんな、子どもがギャン泣きすること自体には、文句ありませんよ。
まるで放置するかのように、ベビーカーの我が子をそのままにしているだけで何もしないから、不思議だったんですよ。
結局、いたたまれなくて降りたのか、単純に降りるべき駅だったのかはわかりませんけども。
甘やかせ、とは言いませんが、やはり互いに思いやらないと、空気は悪くなりますよね。
あなたが子どもをあやしていれば、コミュニケーションをとっていれば、子どもが泣き止まなくても、誰もあなたの方を見たりはしませんし、見ていたとしても、むしろ微笑ましく見ていたと思いますよ。責めたりなんかしません。
ま。
私の憶測なんでね。もっとやむを得ない事情がおありだったのかもしれない。とはいえ、何か、見え方も含め、工夫してみる、ということを、考えてみてもよいかもしれませんね。
たまたまその電車に居合わせたオッサンより。
