一日を占うにあたって、朝のバタバタ感というのはよい材料になりますね。
同じバタバタの中でも、物事がスムーズに進んだり進まなかったりします。そういうちょっとしたつまづきや、円滑な準備を阻害する事象があると、おや、と。
なんですかね、自分のペースを乱さないために、これら準備を念入りに形作り、ルーティン化し、一定の品質でこなせるようにするというのは比較的実践されていることだと思うのですが、こういうことは、もしかしたら、そういう「占いの逆算」という考え方も出来ます。
悪い占い結果にならないようにすることで、無難に今日一日が過ごせるようにする。そのために、その要素をあらかじめ潰しておく、という理屈。
さて。
今朝は、いわゆる配偶者が散々だったようで、愚痴のLINEがきておりました。
忘れ物から始まり、バスの運行状況を読み違え、始発なのに電車は座れず、と、散々のようです。
一言、やっぱり準備は大事、と来ましたが、発端が忘れ物であるとすれば、確かにそうです。その後の連鎖はすべて「そのきっかけのせい」ですからね。
自分もいつからか、ルーティン化、というのは重要視していまして、というより、もともとズボラな性格で、物をいつも同じ場所に置くとか、そういう几帳面さが理解できなかったのですが。
ルーティン化を目指してみると、物を置く位置は固定にしたほうがよい、と、気付きました。
ルーティン化を、小さくまとまってしまうような、覇気の無いこと、として捉えていた自分がいたことも確かであり、でも、そういう小さな真面目なこと、地味で確実なことの上に大きなことが生まれるのだ、というのに気付きましたが、自身をルーティン化なね馴染ませるには時間がかかりました。今でも完璧ではないです。
例えば。
通勤カバンの側面のチャック付きポケットから物を取り出します。
で、取り出した後はその都度、そのチャックを閉めるのが「あるべき姿」なんでしょう。
ですが、それを今まで私はやってこなかったし、習慣化してこなかった。
だから、そこから不用意に物が落ちて無くしものをすることもあったわけで。
それどころか、カバンのどこに何が入っているか、も固定しておらず、取り出した物を適当なポケットに戻していましたので、次に必要な時には必ず探すわけです。
こうやって文章に書いてみると、随分とズボラだったなぁ、と我ながら思いますが、いわゆる配偶者もそこはあまり変わらず、むしろ私よりもその癖の矯正が出来ていないので、今朝のように、忘れ物から始まる負の連鎖が発生しやすい。
こういう小さな不幸を何かのせいにしてしまうと、いよいよ負の連鎖から抜け出せなくなりますので、そういうことを配偶者が言いそうな時にはたしなめるようにしています。
私も未だ、そのようなことがないわけではないですが、そのような時は自分が悪い、と割り切って、さらなるルーティン化、ミスの軽減を図るしかない、というのが今のところの答えです。
まぁ、とはいえ、ルーティンの鬼にはなれませんがね。
