kekeの考えること

こういうことを考えてる人もいるんだなぁ

違和感。

厄災というのは、日頃より自分を律し、生活を律していれば発生しないというものではなく、「あっち」からやってくるものでもあります。

どれだけ慎ましく、誠実に生きていても、ある日突然、厄災に巻き込まれてしまうことは、世の中の不幸なニュースを見ればわかります。

これを、オカルトチックに解釈するのであれば、何かが厄災を「運んで」くると言えるわけで、また、自分自身が厄災を引き寄せてしまうような気持ちだったり考え方をしている、とも言えます。

日頃から小さな「予兆」に敏感になり、少しでも気になる事をつぶしてゆくことで厄災が訪れることを防げるのならば、例えば風水なんかも、大事な考え方なのかもしれません。


占う、という言葉がありますが、例えば筮竹を使ったり水晶玉をのぞき込んだり、というのがよく想像される占っている姿だと思うのですが、占いって、もともとは何を用いてでも出来たと思っています。物や事を使った方がわかりやすく見えやすい、ということなのではないかと。

天文を見る、夜空の星を見て将来を占う、なんてことも人はやってきましたし、鉛筆を転がすだけでも、人は占いが出来る。


なので、日頃、身の回りの物事で、占いは出来ると思っていますし、占い、というとあれなので、予兆を感じることが出来る、としましょう。

予兆を感じることが出来れば、未然に防げる厄災も、あるんじゃないかと。


昨日、玄関に置いている岩塩ライトの電球と、リビングの照明の電球が立て続けに切れました。また、玄関内の照明の電球も切れたようです。

なんとなく、なんかあるのでは、と感じました。

たまたまそれに気づいた時、夫婦二人でYoutubeでホラーゲームの実況動画を見ていたのですが、余計に何かを呼び込みそうだったので、動画を止めました。

「そういう動画」を見ていると「呼ぶ」なんて話も聞きますのでね。


まぁ、今現在、だから何かが起きているわけでもないですし、仮に電球が立て続けに切れる「違和感」を感じなかったとして、ホラーゲーム動画を止めなかったとして、何かが起きていたのか、と言うと、それはわからないわけで。

気休め、というものの1つにはなるのですが、日頃から、小さな違和感や不思議なことに「ん?」と思うように生活をしております。