ひとつひとつの動作への、思いの入れ方というか、意識してその動作をし、それをもって気持ちを表す、という所作のようなものがあります。
同じことをやるにしても、そこに心づくしがあるかないかで印象はガラリと変わりますし、もっと言えば、本当に心がこもっているかよりも、心がこもっているような動きをすればよい、とも言えます。もちろん、バレバレではダメですが。
これは、わからない人にはわからないような話で、効率を優先して考えたら、わざわざ無駄な動作や振る舞いをするのは時間の無駄です。
心づくしというのは、どこから出てきて、どこにつながっていくんですかね。もちろん、長く接客をされているプロの方には、その人たちの「解」があるんでしょう。
わかりやすい言葉を使うのなら、リピーターになってもらうことを狙って、なのか。
新規顧客の紹介を狙ってなのか。
つい、接客なんて言葉を出したもんで、仕事としての所作、のような話し方をしてしまいましたが、これは別に商売に限ったことでもなく、実践している人は、プライベートで、一銭にもならないような時でもやっています。
素晴らしいことだな、と思いますし、私もぜひ実践したいと思いますが、なんせそういう「理屈」がわかってないもんで、徹底できないだろうな、と。
そもそもが自分はそういう人間で、身近なところでたいしたことのない親切は出来ますが、切羽詰まったところでの勇気ある親切はできません。
勇気どころか、めんどくせ、と思ってしまうような行動は、多分しない。
結局、私は自分の利益しか見えていないということだろうし、そんな人間だから、他者の心づくしにも、何かしらの「ご利益」があるんだろう、とか邪推するんでしょう。
そんな自分が嫌だ、とか、そういうわけではないんですけどね。
ただ、偽りは見抜かれますから。
せめてもの私からの「心づくし」として、そういう嘘をつかず、正直でいたい、と。
不親切で仏頂面で居続けるべきだと。