kekeの考えること

こういうことを考えてる人もいるんだなぁ

美学。

いわゆる配偶者が、多肉植物にハマっているのは何度かお話をしておりますが、否応なく、僕も買い物だったりに付き合わされるわけです。

 

なので、本当に多肉植物と接点のない環境の人に比べれば、知識がついてくるわけで。

 

また、寄せ植えであったり、キレイに飾った庭なんかも少しは見てきたわけですが。

 

人が多肉植物に求める、ひとつの美学のようなものがうっすらと見えてきました。

 

 

もちろん、全ての人がそうではないでしょう。あくまで個人的見解です。

 

多肉植物を飾り、愛でるための美学のひとつとして、「滅びの美学」があると思います。和風に言えば「諸行無常」でしょうか。

 

 

例えば、多肉植物を寄せ植えしたり、群生させたりして飾る鉢で、よく、ビンテージのようなブリキ製の鉢を使うことがあります。

 

それらは、塗装が剥げていたり、錆びていたりします。

 

同じように、ブリキ製で錆びて穴の空いたジョウロに多肉植物が植わっていたり、真っ赤に錆びた井戸の手漕ぎのポンプ(?)に群生したりしています。

 

 

そこに見える世界観と言うのは、僕個人的には、人類が滅びたあとの描写に思えるんですね。

 

人類が確かにそこにいた証であり、また、もはやいないことの証でもある、朽ちた道具たちを、生命力の強い多肉植物が「寝床」として繁殖している。

 

 

コテコテですが、こういう美学はありますね。SFというか創作の絵画で、朽ちてツタが絡みついた高層ビルとか、高速道路を地面から貫いて大木が生えているような描写ってあると思いますが、あの世界観です。

 

多肉植物Youtube動画を見ていると、かわいい感じのBGMで、明るくポップなイメージなのですが、そこに映る朽ちたブリキ缶は、滅びの美学だと思うのです。

 

 

もともと、多肉植物は水が少ないなど過酷な環境で生き抜くために進化してあのような姿形に進化したわけで、むしろかわいいよりもたくましい、生き物なんだと思います。落ちた葉からクローンが生まれるのも、そんな過酷な環境の中で種を絶やさずにおくための手段なんでしょう。

 

 

なので。

 

ブリキ製の缶やジョウロに群生する多肉植物という描写は、実はとてもロックが似合うんじゃないかと思うんですね。

 

革ジャンとか、アメリカンバイクとか、そういうのが似合うんじゃないかと思うんですね。

 

そうなるとサボテンの方がしっくりくるのかもしれませんが、サボテンも多肉植物だと考えれば、そのそばに他の多肉植物が群生していてもおかしくはありません。

 

 

まぁ、だからと言って多肉植物を見ながらロックを描けるか、と言われると、それ単体では難しいかなぁ。

 

せめて配偶者が、寄せ植えなどをやるようになったら、ブリキ製の缶に植えてもらって、それでやっと描くためのヒントになるかもしれません。