病気などで、遺伝、というのがあります。
遺伝性と言ったり、遺伝する病気だから、なんて言ったりします。
親先祖からコピーされ受け継いできた遺伝子に書き込まれたプログラムであり、それがその人自身にどういう影響があるかは関係なく、プログラムされている以上は、いつか必ず、もしくは何かの条件を満たせば発動する、と。
考えようによっちゃ、その遺伝の系譜の中では、自らの命すら奪いかねない病気であったとしても、遺伝子に残されている以上は、必要なプログラムである、ということなんでしょうかね。
さて。
ここまでは、強いて言えば科学的な見方、と言うことができます。
これを、科学的ではない表現で言うとどうなるか、というと、おそらくですが「因縁」とか「因果」とか、そういうものになるのかな、と。先祖から子々孫々伝わっていく因縁、因果。
もっとアヤシイ言葉で説明するのなら、個人ではなく、家や家系に「憑物」が影響している、と。
いや、憑いている、というと言葉がよくないかもしれません。もしかしたら、先祖の頃より守ってくださっている存在の影響かもしれません。
守ってくださる存在なのに、命を失いかねない病気を代々受け継がせているのはおかしいと思うかもしれませんが、たぶん、この場合は、そうまでして一定のタイミングでこの世から退場せねばならない理由があったりするんじゃないでしょうか。家系、種の存続、という意味では。
蟻だか蜂の生態でありませんでしたっけ。率先して自分が◯ぬことで一族が栄えるんだったか、自分が子孫を残す立場から外れることてかえって一族を栄えさせるとか。すいません、うるおぼえです。なんか、科学的にも効果があるんだったと思います。個にとっては自〇と言える行動プログラムでも、一族全体としては繁栄、利益になるプログラム。なので、個体は率先して〇ぬことを選ぶとか。
さて。
のっけから意味不明なことをグダグダ言っている理由ですが、ひとつの事象や現象って、様々な視点から説明がされるんだな、と、いうこと。
同じことを言っているのに、視点が違うと、全く違う表現になる。
・病気の遺伝により、我が家の人間は〇〇という病気で亡くなる
・家系に何がしかが憑いていて、我が家は代々、〇〇という病気で亡くなる
例えばメジャーなところで言うと、癌ですか。よく「ガン家系」なんて言ったりしますが、親兄弟が癌で亡くなっていると、自分もそうなのでは?となりますし、遺伝を考えてしまいます。
逆に、一族から何人も、何世代も、同じような病気で亡くなる人が続出すれば、昔ならこれは「憑物」とか「呪い」とか「祟り」なんて言われたんじゃないのかな、と。
もっと単純に考えれば、遺伝子の影響で、親子は顔が似ます。これも、視点を変えると、因果・因縁により、似た顔で生まれる、と言い換えることが出来るように思います。
世の中の相容れない理論や理屈も、もしかしたら視点を変えて解決できることがあるのかも知れないなぁ、と、思ってみた今日この頃です。